準確定申告|株の取得費不明で税額600万円の差

【この記事でわかること】

  • 証券会社の残高証明書だけでは見抜けない「生前売却」の落とし穴
  • 特定口座と一般口座で変わる「準確定申告」の要否
  • 取得費がわからない時の簡便法「5%ルール」を使うと税金が跳ね上がる理由
  • 国会図書館を使って古い株の取得費を調査し、無駄な税負担を防いだ実例

私が国会図書館で古い新聞の株式欄を一枚一枚めくることになったのは、ある相続案件がきっかけでした。

依頼人のご家族は、まさか税理士がそこまでするとは思っていなかったと言います。でも私には、やらなければならない理由がありました。

取得費を裏付ける資料が見つからなければ、ご遺族にとって税負担が大きくなる可能性があった。それだけのことでした。

1. 「たぶん、していなかったと思います」——見落とされた準確定申告

初回面談でお越しになったご家族は、お父様が生前どのような資産管理をされていたか、ほとんどご存知ありませんでした。

「お父様は毎年、確定申告をされていましたか?」
そう確認しても、返答は歯切れが悪い。
「たぶん……していなかったと思います」

実は、ご相談にいらした息子さんご自身も、サラリーマンとして働きながら株式投資をされている方でした。ただし、口座は特定口座(源泉徴収あり)。証券会社が税金を天引きしてくれるため、ご自身は確定申告をしたことが一度もありません。

「株をやっていても、確定申告はしなくていいもの」——息子さんご自身の投資経験が、そのままお父様への認識になっていました。父も確定申告をしていなかった。自分と同じだ。だから、準確定申告というものも必要ないだろう、と。

ご家族の認識にあった「二つの見落とし」

① 準確定申告は生前の確定申告とは別の制度

通常の確定申告は、生きている本人が「1月1日から12月31日」の所得を翌年に申告するものです。これに対し、準確定申告は相続人が代わりに、亡くなった方の「1月1日から死亡日まで」の所得を申告するものです。期限は相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内。生前に確定申告していたかどうかとは、直接関係がありません。

② 申告の要否は「口座の種類」で変わる

お父様がどの口座で取引していたかを、ご家族の誰一人、知らなかったのです。

2. 残高証明書に浮かんだ、一つの違和感

その後、戸籍の収集から法定相続情報一覧図の作成まで完了し、いよいよ財産調査をご依頼いただいた頃のことです。気づけば、すでに相続開始から4か月が経過していました。

証券会社から届いた残高証明書を開いた瞬間、私の手が止まりました。

現物株の保有がゼロ。その代わりに、MRF(証券総合口座に残る短期運用商品)が約6,000万円。おかしい。

お父様はかつて、上場企業にお勤めだった方です。長年、持株会などで自社の株を積み立てていたはずです。それが、一株も残っていない。

「お父様、亡くなる前に株の売買をされていませんでしたか?」
ご家族はしばらく考えてから、こう答えました。
「あ……そういえば、母が株のことを全くわからないから、全部売るって言ってました」
「それ、確定申告が必要な取引かもしれません。」

お父様はご家族を思って、善意で株をすべて現金化してくれていた。しかしその行為が、思わぬ申告義務を生んでいたのです。

ここで初めて、この案件の本当の論点が見えました。被相続人が生前に株を売却していた。そして、その取引が準確定申告の対象になる可能性がある。それも、口座の種類によっては申告をすべて自分で組み立てなければならないケースで。しかも、申告期限の4か月はすでに過ぎている——一日でも早く、正確な申告を仕上げる必要がありました。

3. 証券会社は計算してくれない——一般口座の壁

売買資料をお持ちいただくと、出てきたのは株式の取引報告書でした。一目見て確信しました。
「一般口座」。源泉徴収なし。

ご家族が使っていたのは、源泉徴収ありの特定口座。お父様が選んでいたのは、一般口座。同じ「株の取引」でも、申告の要否はまったく違ったのです。

口座の種類で変わる、準確定申告の要否

口座の種類 株の譲渡益に係る準確定申告
特定口座(源泉徴収あり) 原則不要。証券会社が源泉徴収済み。ただし損失との通算や還付を受けたい場合は、申告した方が有利になることもある。
特定口座(源泉徴収なし) 売却益があれば原則必要。損益は年間取引報告書で確認できるが、納税は自分で行う。
一般口座 売却益があれば原則必要。損益計算も、取得費の確認も、すべて自分で行う。今回の案件はこのケース。

※申告の要否は、所得全体の状況や他の控除との関係によって個別に異なります。正確な判断は税理士にご確認ください。

【重要】「お父様がいくらで買ったか」が分からない

特定口座(源泉徴収あり)であれば、証券会社が税金を天引きし、年間取引報告書まで作成してくれます。しかし一般口座は違います。損益の計算も、申告の要否判断も、すべて自分で行わなければなりません。

株の売却益は「売った値段」ではなく「売った値段から買った値段を引いた差額」に対してかかります。この「買った値段」を取得費と呼びます。今回のケースでは、お父様ご自身が長年かけて買い付けてきた株ですから、「お父様がいくらで買ったか」が分からなければ、正しい税額計算ができないのです。

一般口座では、証券会社がその計算をしてくれません。資料を自分で集め、自分で計算するしかありません。

なお、相続人が株を引き継いでから売却する場合も、取得費は相続人自身の取得価格ではなく、原則として被相続人の取得費をそのまま引き継ぎます。「親がいくらで買ったか」という同じ壁に、いずれ相続人自身がぶつかることになるのです。

⚠️ 取得費がわからない時の「5%ルール」の罠

取得費がどうしても分からない場合には、売却代金の5%相当額を取得費とみなす「5%ルール」(概算取得費)という簡便法があります。しかし、実際の取得費の方が高いのであれば、それを裏付ける資料を揃えて実額で計算する方が、納税者にとって有利です。

今回のケースで5%ルールを適用すれば、本来の取得費との差額で譲渡益が大幅に膨らみ、ご遺族にとって税負担が大きくなる可能性がありました。だからこそ、調査を諦めるわけにはいきませんでした。

4. 国会図書館で、新聞をめくった日

調査は三段階で進みました。

  1. 証券会社へ顧客勘定元帳の開示を請求
    お父様がいつ、何株を、いくらで買ったか。古いレポートを一枚一枚遡っていきます。
  2. 信託銀行へ株主異動証明書を請求
    それでも取得費が判明しない銘柄について請求。取得日さえわかれば、その日の終値から取得費を算出できます。
  3. 国会図書館での調査
    問題は、さらに古い銘柄でした。インターネットにも終値の記録が残っていない。証券会社にも信託銀行にも資料がない。行き着いた先が、国会図書館でした。

過去の新聞の縮刷版を一枚一枚めくり、その日の株式欄から終値を拾い上げる。何十年も前の紙面を手繰りながら、私はただ、その数字を探し続けました。

5. お父様が残してくれた6,000万円

膨大な時間をかけた調査の結果、すべての銘柄の取得費を裏付ける資料を揃えることができました。適正な譲渡所得の計算が完成しました。

申告期限を過ぎてからのご依頼でしたので、結果として期限後申告にはなりました。それでも、正確な取得費に基づく申告を一日でも早く仕上げたことで、無申告加算税や延滞税の負担も最小限に抑えることができました。期限を過ぎてしまっても、放置せず速やかに動くこと。それ自体が、ご遺族の財産を守る行動になります。

もし途中で調査を諦め、5%ルールを受け入れていたら。ご遺族にとって、税負担が大きくなっていた可能性がありました。

準確定申告で納めた税金は、相続財産から差し引く(債務控除)ことができます。

お父様がご家族のために残してくれた6,000万円。その一部が、手続きの落とし穴によって減ってしまうところでした。

【徹底比較】もし調査を諦め「5%ルール」を使っていたら?

お父様が残された売却価格6,000万円の株。国会図書館等で実際の取得費(4,200万円)を証明できた場合と、5%ルール(300万円)で妥協してしまった場合の所得税額(税率15.315%)を比較してみます。

比較項目 ❌ 5%ルールを適用 ✅ 実際の取得費を調査
売却価格 6,000万円 6,000万円
差し引ける取得費 300万円
(売却額の5%)
4,200万円
(本来の価格)
課税対象(譲渡益) 5,700万円 1,800万円
所得税額(15.315%) 872万9,550円 275万6,700円

※税率15.315%は、所得税15%に復興特別所得税(所得税額の2.1%)を加えたものです。

税金の差額は、なんと【597万2,850円】

諦めて5%ルールを受け入れるか、それとも古い資料を徹底的に手繰り寄せるか。それだけの違いで、手元に残るお父様の財産が約600万円も変わってしまうのです。これが、私が調査の手を止めなかった理由です。

【相続専門税理士の視点】所得税はかかる。では、住民税はどうなる?

上記のシミュレーションを見て、「所得税だけでこんなにかかるなら、住民税(5%)を足したらさらに大変なことになるのでは……」と不安に思われたかもしれません。実はここに、税務の特別なルールがあります。

たとえば、お父様が一般口座で株を売買しており、令和7年7月31日にお亡くなりになったとします。この場合、1月1日から7月31日までの株の利益に対して、所得税(準確定申告)の義務が発生します。

しかし住民税は、「翌年の1月1日(この場合は令和8年1月1日)」に生存している人に対して課税されるという大原則があります。

つまり、令和8年1月1日時点ではすでにお亡くなりになっているため、この準確定申告に係る期間(1月1日〜7月31日)の所得に対する住民税は「課税されない」という結果になります。

ただし注意点がひとつ。前年(令和6年)の所得に対する令和7年度分の住民税は、亡くなった後も納付義務が残り、相続人が引き継いで納めることになります(こちらも相続税の債務控除の対象です)。「亡くなった年は住民税が一切かからない」わけではありません。こうした法律の仕組みを正しく把握しておくことも、遺族の財産を守るためには極めて重要な要素となります。

※柏市も「亡くなった年の所得については、翌年度の賦課期日(1月1日)現在にはいないかたとなりますので、翌年度の市民税・県民税は課税されません」と案内しています。一方、すでに課税されている年度分は相続人が引き継いで納めることになります。
参考:柏市「死亡した者の住民税」総務省「個人住民税」 ※お住まいの自治体により取扱いの案内が異なる場合がありますので、詳細は各自治体にご確認ください。

6. この案件が教えてくれた、二つの教訓

この案件を通じて、皆さまにお伝えしたいことが二つあります。

① 証券会社の残高証明書だけでは株の全体像は見えない

今回はMRFへの違和感が生前売却の発見につながりましたが、株券電子化の際に信託銀行等の「特別口座」に残された株が、残高証明書に表れないまま見落とされるケースもあります。特別口座の見つけ方から振替手続きまでは、図解つきで別の記事にまとめています。
【関連記事】株の相続手続き、実は終わっていないかも——配当通知が届き続ける理由と対処法

② 株を引き継いだ方には「期限」がある

相続人が株を売却するには名義変更が先に必要で、さらに取得費加算の特例には売却期限があります。遺産分割や株価の回復を待つうちに期限が過ぎてしまうケースは少なくありません。手続きの流れと期限の逆算も、同じ記事で解説しています。株を引き継いでいる方は、今日、期限を確認していただきたいと思います。

7. まとめ|調べることで守れる税金がある

国会図書館で新聞の縮刷版をめくりながら、私が考えていたのは一つのことでした。

「取得費さえ裏付けられれば、不要な税負担を防げる」。

ご自身が源泉徴収ありの特定口座で取引しているからといって、亡くなったご家族も同じとは限りません。一般口座、古い株、生前売却——何か一つでも思い当たることがあれば、5%ルールで諦める前に、一度ご相談ください。

調べれば守れる税金が、そこにあるかもしれません。早く動けば動くほど、選択肢は広がります。

株式のある相続でお困りの方へ

「亡くなった父が生前に株を売っていた」「一般口座かどうかもわからない」「古い株で取得費の資料が残っていない」「準確定申告が必要か判断できない」——こうした状況の方は、早めにご相談ください。口座の種類の確認から、取得費の調査方針まで一緒に整理します。

準確定申告の期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月。相続税の申告期限は原則10ヶ月。早く動くほど、打てる手が増えます。

参考(国税庁タックスアンサー)

No.2022 納税者が死亡したときの確定申告(準確定申告)
No.1464 譲渡した株式等の取得費
確定申告書等作成コーナー「取得費がわからないとき(概算取得費の特例)」

※本記事は令和7年4月1日現在の法令等にもとづく一般的な情報提供であり、個別の税務判断ではありません。具体的な取扱いは、必ず税理士にご相談ください。