遺言書があっても相続トラブルに?遺留分で実家を失わないための対策と家族会議

この記事でわかること

  • なぜ遺言書だけでは家族の争いを防げないのか
  • 2019年民法改正で生まれた「現金がないのに払えない」という新しい悲劇
  • もめない相続のために生前にやるべき「家族会議」の進め方

「遺言を書いておけば、家族はもめないですよね?」

遺言を作成したいとご相談にいらっしゃる方から、本当に多くいただくお言葉です。正直に申し上げますと、私自身も税理士になりたての頃は、心からそう信じていました。教科書にも、実務書にもそう書いてある。だから、ご相談に来られた方には自信を持って遺言作成をお勧めしていました。

しかし、長年相続の現場に立ち会う中で、私はその考えが大きな誤解だったと気づかされました。むしろ、「遺言があったからこそ、家族の絆が壊れてしまった」――そんなご家族を、私自身の手で生み出してしまったことがあります。

今日は、私が今でも忘れることのできない、ある三姉妹のご家族のお話を起点に、相続を考えるすべての方に知っておいていただきたいことを綴ります。

1. 遺言書だけでは相続トラブルを防げない理由

遺言書とは、財産を誰にどう分けるか、その「結論」を書き残すものです。法的な効力を持ち、原則としてその通りに財産は分けられます。だからこそ「遺言さえあれば争いは防げる」と言われてきました。

けれど、少し想像してみてください。

ある日突然、亡くなった親の遺言書が開封され、「すべての財産を○○に渡す」と書かれていたら――。その結論にいたるまでの親の想い、悩み、葛藤を、他のご家族は知ることができません。残るのは、答えのない疑問だけです。

「なぜ自分ではなかったのか」
「なぜ姉だけが特別扱いなのか」
「お母さんは、本当にこれを望んでいたのか」

結論だけを突きつけられたご家族の心には、こうした疑問が静かに、しかし確実に残ります。そしてその疑問は、時に怒りや悲しみへと姿を変え、長年積み上げてきた家族の関係を、一瞬にして壊してしまうのです。

2. 【事例】遺言書が原因で三姉妹が揉めた相続トラブル

もう何年も前のお話です。お父様が亡くなり、残されたのはお母様と三姉妹でした。三姉妹は全員結婚してそれぞれ家を出ており、実家にはお母様がお一人で暮らしておられました。

お父様の相続は大きなもめごともなく終わりました。ただ、当時の私はこう考えていたのです。「三姉妹は全員嫁いでいる。実家を継ぐ人がいない以上、次にお母様が亡くなられた時、必ず争いになる」

そこで私はお母様に、遺言を作成しておくことを強くお勧めしました。教科書通りの、いわば「正解」の判断でした。お母様は深く悩まれた末、こうおっしゃいました。

「日頃から私の面倒を見てくれているのは、二女なんです。二女には本当に感謝している。だから、私の財産はすべて二女に渡したい」

その通りの遺言書が作成されました。

なぜあの時、私は「三姉妹を集めて話しましょう」と言えなかったのか

今だから、正直にお話しします。当時の私には、そもそも「三姉妹を一堂に集めて、お母様の想いを共有する場を作る」という発想自体がありませんでした。

それに加えて、心のどこかに「ご家族の感情的な争いごとに、深く巻き込まれたくない」という気持ちがあったことも否めません。専門家として、ご家族の想いを正面から受け止めるだけの器量が、あの時の私にはなかったのです。

遺言書が開封された日

それから数年後、お母様もお亡くなりになりました。遺言書が開封された時、長女と三女は絶句しました。

「お母さんが、こんなことを書いていたなんて」「私たちは、何も聞かされていなかった」

二女に対する姉妹の感情はみるみるうちに悪化し、話し合いは決裂。最終的に、長女と三女から二女に対して、「遺留分侵害額請求(いりゅうぶんしんがいがくせいきゅう)」の法的手続きが取られることになりました。

そして、ここからが最も辛い結末です。

二女は、遺留分として支払うべき金額を、現金で用意することができませんでした。お母様から受け継いだ財産のほとんどは、生涯大切にしてこられた「自宅の土地と建物」だったからです。

二女は姉と妹への支払いを工面するため、お母様が「守りたい」と願ったその土地の一部を、切り売りするしかありませんでした。自宅そのものはなんとか手元に残せましたが、切り刻まれてしまった土地は、もはやお母様が遺したかったカタチではありませんでした。

お母様が守りたかった家。お母様が報いたかった、二女への想い。そのどちらも、遺言書という「紙一枚」だけでは守ることができなかったのです。

私が後悔している、2つのこと

  • 軽々しく遺言作成をお勧めしてしまったこと:ご家族の事情や感情の深さを知らないまま、教科書通りの「正解」を提示してしまいました。
  • 遺言作成のプロセスに踏み込まなかったこと:お母様が遺言を書かれる前に、三姉妹を集めて想いを共有する場を作るべきでした。しかし当時の私には、その発想も器量もありませんでした。

3. 遺留分侵害額請求(いりゅうぶんしんがいがくせいきゅう)とは?2019年民法改正で変わった重要ポイント

ここで、先ほど登場した「遺留分侵害額請求(いりゅうぶんしんがいがくせいきゅう)」について、少し丁寧にご説明します。これを知っておくと、なぜ二女が土地を切り売りせざるを得なかったのか、その理由が見えてきます。

遺留分とは「最低限の取り分」

遺留分とは、配偶者やお子様など(兄弟姉妹以外の法定相続人)に、法律で保障された「最低限の取り分」のことです。たとえ遺言で「全財産を一人に渡す」と書かれていても、他の相続人はこの遺留分を主張する権利を持っています。

今回の三姉妹のケースで申し上げると、本来の法定相続分は1人につき3分の1ずつ。その半分、つまり「全財産の6分の1ずつ」が、長女と三女に保障された遺留分でした。

数字で見る「二女に何が起きたのか」

少し具体的にイメージしていただくため、仮の数字でご説明します。たとえば、お母様の財産が6,000万円(自宅と土地5,500万円+預貯金500万円)だったとしましょう。

項目 金額
お母様の全財産 6,000万円
・自宅と土地 5,500万円
・預貯金 500万円
長女の遺留分(全財産の1/6) 1,000万円
三女の遺留分(全財産の1/6) 1,000万円
二女が現金で用意すべき総額
(長女+三女)
2,000万円
二女が相続した預貯金(全額) 500万円
手元資金からの不足額
(身銭を切る分)
1,500万円

二女が相続した自宅と土地は5,500万円の価値がありますが、それは「住むための家」であって、明日すぐ現金になるお金ではありません。この不足する1,500万円を工面するために、二女は「お母様が遺してくれた土地の一部を切り売りする」という選択をせざるを得なかったのです。

2019年の民法改正で大きく変わったこと

実はこの遺留分の制度、2019年7月に大きな改正がありました。改正の前と後で何が変わったのかを表にまとめます。

時期 制度の名称 請求できる中身
改正前 遺留分減殺請求
(げんさいせいきゅう)
不動産などの「現物そのもの」を取り戻す権利。たとえば自宅が対象なら、引き渡した後に「長女・二女・三女の共有名義」になるようなイメージです。
改正後 遺留分侵害額請求
(いりゅうぶんしんがいがくせいきゅう)
「金銭での支払い」のみを請求する権利。不動産の共有関係を作らず、すべて「お金」で精算する形に整理されました。

権利関係がシンプルになったという意味では、この改正は前進でした。しかし、不動産を中心に相続した人にとっては、まったく別の問題が生まれたのです。

「現金がないのに、現金で払え」という現実

不公平な遺言によって不動産をもらった人は、他の相続人からお金を請求されたら、すべて現金で払わなければならなくなりました。借入をするにも限界があります。結局、二女に残された選択肢は、お母様が守りたかった土地を切り売りすることだけでした。

民法改正によって法律はスッキリしましたが、現場では「お金を用意できずに、故人が守りたかった財産を手放さざるを得ない」という、新しい悲劇が生まれているのです。

4. 遺産相続のトラブル・遺留分請求を防ぐ「家族会議」とは

あの三姉妹のご家族に、本当に必要だったものは何だったのか。私は今、はっきりと申し上げられます。それは「家族会議」でした。

遺言が「結論」なら、家族会議は「プロセス」

家族会議とは、ご自身の財産を棚卸しし、「誰に、何を、なぜ継いでもらいたいのか」という「想い」を生前にご家族と話し合っておくことです。

もし、お母様が生前のうちに三姉妹を集めて、こうお話しされていたら――

「お父さんが遺してくれたこの家を、私はどうしても守りたい」
「日頃、足の悪い私を支えてくれているのは二女。本当に感謝している」
「だから、私が亡くなった後は二女に家を残したいと思っている。長女、三女、あなたたちにも、私のこの気持ちを理解してほしい」

長女と三女は、お母様の口から直接その想いを聞くことで、納得できたかもしれません。あるいは、納得できないなりに、別の落としどころ(例:二女が生命保険を活用して代償金を用意するなど)をご家族で見つけられたかもしれません。少なくとも、遺言書を開封した瞬間に「絶句する」ような事態は避けられたはずです。

プロセスを経た遺言は、結末がまったく違います

これまでの経験から申し上げると、生前にしっかりとした家族会議を経て作成された遺言書は、遺されたご家族の納得感がまったく違います。

「お父さんが、そう言っていたから」「お母さんの想いを、私たちは聞いていた」

そういう共通の理解があるご家族は、遺言の内容に多少の偏りがあっても、もめません。逆に、どれだけ精緻に作られた遺言書でも、ご家族がその「想い」を知らなければ、紙切れ一枚が引き金になって、絆が壊れてしまうことがあるのです。

5. 相続争いを防ぐ家族会議の進め方|専門家の役割と4つのコツ

あの三姉妹のご家族の一件以来、私はご相談に来られたお客様への向き合い方を大きく変えました。遺言の作成にあたっては、できる限り当事者全員にご参加いただき、現状をフラットに話し合う場を設けています。「巻き込まれたくない」と思っていたかつての自分とは、もう違います。

専門家は「審判」に徹する

話し合いの冒頭で、私は必ず皆様にこうお伝えします。「私は、誰の味方でもありません。皆様全員にとって平等な『審判』です」

人間はどうしても、「自分の肩を持ってほしい」と願うものです。とくに、最初に当事務所へご相談に来られた方(ご家族の窓口になってくださった方)はそう思いがちです。

しかし、私は決して特定の誰かの味方はしません。全員に平等に接し、客観的な事実だけをフラットにお伝えします。ただし、平等であることと機械的であることは違います。窓口となって動いてくださった方にはその労をねぎらい、普段あまり話さないご家族にもこちらから水を向ける。全員が不満なく本音を話せる場づくりに徹しています。

それが、あの三姉妹のご家族から私が学んだ、専門家としての覚悟です。

「親に遺言を書いてもらいたいけれど、切り出し方がわからない」「特定の誰かに多く渡したいが、揉めないか心配」「すでに感情的なすれ違いがある」――こうした場面で、中立な第三者が一人いるだけで、話し合いの質がまったく変わります。家族会議への同席についても、お気軽にご相談いただけます。

ご家族だけで始めるなら――家族会議4つのコツ

「いきなり専門家を呼ぶのはまだ早い。でも、家族でなら話してみたい」という方のために、現場でお伝えしているコツをご紹介します。

  1. 「財産の棚卸し」から始める
    まずはご自身がお持ちの財産をノートに書き出してみてください。不動産、預貯金、有価証券、保険、そして負債(ローンなど)も。これだけでも、ご家族と現状を客観的に共有する大切な材料になります。
  2. 節目を活用する
    お盆、お正月、お誕生日、法事など、ご家族が自然と集まるタイミングは話を切り出す良い機会です。「ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」と一言前置きするだけで、建設的な場を作りやすくなります。
  3. 中立な第三者(審判役)を交える
    ご家族だけだと、過去の歴史や甘えもあり、どうしても感情的になりがちです。そういう時こそ、税理士など中立な第三者にご相談ください。「審判」の立場で間に入る人間が一人いるだけで、話し合いの質がぐっと上がります。
  4. 一度で結論を出さなくていい
    家族会議は、何度繰り返してもいいのです。むしろ、一度で決めようとしないほうがうまくいきます。話し合いを重ねた「回数」そのものが、ご家族の納得感を育てていきます。

6. 遺言書・遺留分・相続トラブルに関するよくある質問(FAQ)

Q. 兄弟姉妹にも遺留分はありますか?
いいえ、兄弟姉妹には遺留分はありません。遺留分が認められるのは、配偶者・お子様(およびそのお子様が先に亡くなっている場合の孫などの代襲相続人)・ご両親などの直系尊属に限られます。そのため、お子様のいないご夫婦などで「自身の兄弟姉妹への相続を望まない」という場合、遺言書は非常に強力な手段になります。
Q. 遺留分侵害額請求(いりゅうぶんしんがいがくせいきゅう)には、期限はありますか?
はい、厳しい期限(時効)があります。「相続が開始されたこと」および「自分の遺留分を侵害するような遺言や贈与があったこと」を知った時から1年以内に請求しないと、権利が消滅します。また、これらを知らなくても、相続開始から10年が経過した場合も同様に請求できなくなります。「いつか請求すればいい」と考えていると権利を失いますのでご注意ください。
Q. 自筆で書いた遺言書と公証役場で作る公正証書遺言、どちらがいいですか?
ご事情によりますが、当事務所では原則として「公正証書遺言」をお勧めしています。法律の専門家である公証人が関与して作成されるため、形式不備で無効になる心配がありません。また、原本が公証役場で安全に保管されるため、紛失・改ざんのリスクがなく、亡くなった後の家庭裁判所での「検認」手続きも不要です。自筆証書遺言は手軽な反面、わずかな書き方の不備で全体が無効になってしまうケースを、私自身これまで何度も目にしてきました。
Q. 一度作った遺言書は、後から書き直せますか?
はい、ご本人に遺言能力(判断能力)がある限り、何度でも書き直すことができます。ご家族構成や財産の状況、ご本人のお気持ちは、時とともに変わるのが自然です。「一度作ったら終わり」ではなく、ライフステージの節目ごとに見直していただくものとお考えください。なお、複数の遺言書が存在する場合、日付が最も新しいものが有効となります。
Q. 家族会議に、税理士の先生に参加していただくことは可能でしょうか?
はい、喜んでお引き受けしております。当事務所では、ご家族の話し合いの場に同席する「家族会議サポート」を行っています。「子どもだけで親に切り出しにくい時」「ご兄弟姉妹が遠方で集まれる機会が限られている時」「すでに少し感情的なすれ違いがある時」など、さまざまな場面でご依頼をいただきます。「親に切り出す前に、まずは自分だけで一度相談したい」というご要望にも対応しておりますので、お気軽にご利用ください。

7. まとめ|相続トラブルを防ぐために、遺言書のひな型を探す前に

あの三姉妹のご家族とは、お母様の相続を最後に、私はお会いする機会がなくなってしまいました。姉妹の関係が今どうなっているのか、私には知るすべがありません。ただ、土地の一部を手放した二女の、あの静かな悲しみの表情だけは、今でも忘れることができません。

遺言は、たしかに大切です。けれど、遺言(結論)だけでは家族の絆は守れません。私たち税理士の仕事は、単に書類を整えることではなく、審判としてご家族の対話をそっと支え、その「想い」を次の世代に正しく繋いでいくことだと、あの一件以来、強く思うようになりました。だからこそ、ご相談に来られた方には、必ずまず「ご家族と、話せていますか」とお聞きしています。

もし今、この記事を読んでくださっているあなたが、ご自身やご家族の相続を考え始めておられるのなら――どうか、遺言書のひな型をインターネットで探す前に、一度ご家族の顔を思い浮かべてみてください。

その方々に、伝えたい想いがあるはずです。そしてその想いは、紙(遺言書)だけでなく、まずあなたご自身の言葉(家族会議)で届けていただきたいのです。

遺言や家族会議のこと、ひとりで悩まずに、ぜひ一度私たちにご相談ください。