相続税の基礎控除を超えたらどうする?税理士が伝える最初の3ステップ
【この記事でわかること】
- 「本当に申告が必要か」「税金はいくらか」「何から始めるか」——現場で毎回聞く3つの疑問への答え
- 2,000万円で買った土地が相続税評価で4,000万円に——見落としやすい財産評価の盲点と3ステップの行動指針
- 「まだ10ヶ月ある」と思っていたご家族が8ヶ月後に「万事休すですか……」と頭を抱えた現場の実話
- 税務調査で後悔する2大リスク(名義預金・7年持ち戻し)と、超えても税金ゼロになる可能性がある2つの特例
「本当に申告が必要なのか」
「税金はいくらかかるのか」
「何から手を付ければいいのか」
年間60件以上の相続申告手続きを経験してきた私が、初回でもっとも多く耳にする言葉です。
相続が発生した直後というのは、悲しみが癒えないうちに「税金」という現実が目の前に突きつけられる時期です。なかには「兄弟で揉めそうで不安」「家族全員が納得して進めたい」とおっしゃる方もいらっしゃいます。そうした感情面のご不安についても、この記事でお伝えできることがあります。
国税庁の最新データによると、相続税の課税割合は全国平均で約10%。今や「10人に1人」が申告をする時代ですが、基礎控除を超えること自体は決して特別なことではありません。上から順に読んでいただくだけで、次に取るべき行動が分かる構成にしています。
第1章 そもそも相続税はどう決まる?「仕組み」の基本
「うちの財産はいくらなのか」を考える前に、まず相続税がどのように計算されるのか、その仕組みを把握しておきましょう。相続税は、亡くなった時点の財産すべてにいきなり税金がかかるわけではありません。以下の図のように、順番に「引き算」をしていき、最後に残った金額に対してのみ税金がかかる仕組みです。
受けた贈与財産
の贈与財産
[cite: 1]
この図の通り、(4)の引き算で課税遺産総額がゼロ以下になれば、相続税は一切かかりません。税務署への申告も原則として不要です。
第2章 おさらい:本当に基礎控除を超えている?プロが見る「計算の盲点」
基礎控除の計算式
基礎控除額 = 3,000万円 +(600万円 × 法定相続人の数)
| 法定相続人の数 | ボーライン(基礎控除額) | よくある家族構成 |
|---|---|---|
| 1人 | 3,600万円 | 子ども1人のみ |
| 2人 | 4,200万円 | 配偶者 + 子ども1人 |
| 3人 | 4,800万円 | 配偶者 + 子ども2人 |
| 4人 | 5,400万円 | 配偶者 + 子ども3人 |
「土地がないから大丈夫」は通用しない時代に
「うちは普通の古い住宅街だから大した資産はない」と思われている方は少なくありません。しかし当事務所周辺の柏市や愛知県の三河エリアなどは、一軒あたりの土地の面積が広いことが特徴です。坪単価がそれほど高くなくても、50〜60坪以上の敷地や庭・畑をお持ちであれば、土地だけで想像以上の評価額になります。
📊 相続財産の中身はこの10年で大きく変わっています
国税庁データ(令和5年分):現金・預貯金 35.1%(10年前は26.6%)、土地 31.5%(10年前は41.5%)、有価証券 17.1%。かつては「土地持ちが相続税の対象」でしたが、今は預貯金・株式だけで基礎控除を超えるケースが急増しています。
引けるもの・引けないものの注意点
- 団信付き住宅ローン:死亡によって保険金でローンが完済される場合、そのローン残高は「マイナスの財産」として差し引くことはできません。
- お寺へのお布施:葬儀費用として差し引くことが可能です。封筒の裏などに「いつ・どこのお寺に・いくら渡したか」とメモを残しておけば、正しい記録として認められる可能性が高まります。
第3章 基礎控除を超えたらどうする?まず実践すべき「3つのステップ」
ここからが本題です。基礎控除を超えた(超えそうな)方が、最初に取り組むべきことを3つのステップに整理しました。
財産の金額を評価する以前に、「法定相続人の数」を正確に確定させることが、すべての出発点です。理由は3つあります。
| 影響する計算 | 法定相続人の数がひとり変わると…… |
|---|---|
| ① 基礎控除額 | 3,000万円+600万円×人数 → 1人違えば600万円の誤差 |
| ② 生命保険の非課税枠 | 500万円×人数 → 1人違えば500万円の誤差 |
| ③ 死亡退職金の非課税枠 | 500万円×人数 → 1人違えば500万円の誤差 |
相続人の数を1人間違えるだけで3つの計算すべてが狂い、最悪の場合は1,600万円規模の誤差が生じます。後から「別の相続人」が発覚した場合は遺産分割協議がすべて無効になり、根本からやり直しになります。
まず取り掛かるべきなのが、亡くなった方の出生から死亡までのすべての「戸籍の収集」です。婚姻・転籍・法律改正のたびに本籍地が変わるため、戸籍を取るたびに「さらにその前の原戸籍が必要です」と言われることが続きます。読み解くのが困難な手書きの古い戸籍、役所の窓口での長い待ち時間、平日にしか動けない手続きの連続——気づけば数週間があっという間に過ぎ、気力も体力も削られていく……。大切な方を亡くされた悲しみの中で、こうした作業を一人で抱え込むことの辛さは計り知れません。
第1章のフローに沿って、財産を一つずつ正確に評価していきます。特に注意が必要なのが次の2つです。
不動産の評価:「昔購入したときの金額」と「相続税評価額」は、まったく別物です。
【現場エピソード】
「昔、この辺りは田んぼばかりで2,000万円ほどで購入した土地なのに……」とお客様が目を丸くされました。相続税評価を算定してみると、その後の宅地開発や道路整備によって路線価が大きく上昇しており、評価額は約4,000万円——購入時の2倍になっていました。
一方で、土地の形状・接道状況によっては評価額を下げられる場合もあります。「高すぎる評価」も「低すぎる見落とし」も、どちらも専門家が最初に確認すべき財産です。
預貯金の精査(名義預金):亡くなった方名義の口座だけでなく、ご家族名義の口座も含めた「名義預金」の確認が必要です。「孫のために積み立てていたお金だから孫の財産のはず」——このご認識が、税務調査で最も頻繁に覆される誤解です。誰が管理していたか、誰が自由に引き出せたか。税務署はこの一点だけを見ます。
相続が発生してから申告・納税の期限は10ヶ月です。「長いようで短い」とよく言われますが、実際の現場では「短すぎた」という事態がくり返されています。
【現場エピソード】
「まだ10ヶ月もあるから大丈夫ですよね」——そうおっしゃっていたご家族が、実際にご相談にいらしたのは相続発生から8ヶ月後のことでした。
お母様と長男がいらして、開口一番こうおっしゃいました。「残り2ヶ月ですし、今回は母に全部相続してもらえば、配偶者控除で税金はゼロになりますよね。申告も不要ですよね?」
私は丁寧にお伝えしなければなりませんでした。「配偶者の税額軽減は、遺産分割が整っていることが条件になります。相続人の方全員で、話し合いはまとまっていますか?」
長男の顔色が変わりました。もうひとりの相続人である二男がなかなか話し合いに応じてくれず、分割協議がまとまっていなかったのです。
「残り2ヶ月で二男を説得するなんて絶対無理です。もう万事休すですか……」
頭を抱える長男の隣で、お母様が不安そうにこちらを見つめていました。
⚠️ 相続税申告で本当に怖いのは
「期限を過ぎること」だけではありません。時間が足りなくなって、本来使えたはずの特例や評価減を十分に検討できなくなること——それが最大のリスクです。
このご家族が最終的にどうなったか——私が取った行動と結末については、別の記事で詳しくお伝えしています(▶「判コ押せ」とだけ言われた二男が、なぜ最終的に同意したのか)。
専門家に早めにご相談いただくほど、取れる選択肢が広がります。
第4章 税務署は見逃さない!「超えた人」が税務調査で後悔する2大リスク
基礎控除を超えて申告をする方が、特に押さえておくべき税務調査のリスクは次の2つです。
リスク① 生前贈与の「7年持ち戻し」ルール
「生前に贈与したから、その分財産は減っているはず」という思い込みは危険です。税制改正により、亡くなった日から遡って「7年以内」に相続人へ渡した生前贈与は、原則として相続財産に加算して計算し直すことになりました。
リスク② 実質管理で見られる「名義預金」
名義預金は税務調査の最重点項目のひとつです。そして今、調査は年々厳しくなっています。
📊 なぜ今、調査が厳しくなっているのか
国税庁データによると、令和5年の相続税申告の課税価格総額は21兆6,335億円(前年比+4.6%)、申告税額の総額は3兆53億円(前年比+7.4%)と、いずれも過去最高水準です。税務署も年々増える申告件数に対応すべく、名義預金・生前贈与など重点項目への調査を強化しています。
第5章 「超えても税金が出ない」可能性がある?知っておきたい2つの特例
基礎控除を超えたからといって、必ず多額の税金がかかるわけではありません。代表的な2つの特例をご紹介します。
① 小規模宅地等の特例
一定の要件を満たす場合、ご自宅の土地の評価額を最大80%減額できる特例です。たとえば評価額5,000万円の自宅土地が、適用後は1,000万円の評価になることもあり、インパクトは絶大です。
ただし、この特例を使って基礎控除以下におさまった場合でも、特例を適用するための「申告」は必須です。申告なしでは特例の適用自体が認められません。
② 配偶者の税額軽減
配偶者が相続した財産については、1億6,000万円(または法定相続分相当額のいずれか多い金額)まで相続税がかかりません。こちらも、適用には申告が必要です。
また、第3章のエピソードでもお伝えしたとおり、この特例は遺産分割が整っていることが適用の条件です。「配偶者に全部渡せばゼロになる」は正しいですが、「だから申告しなくていい」は誤りです。
第6章 よくある質問(FAQ)
- 税務署から連絡が来なければ申告しなくても大丈夫ですか?
- いいえ。相続税の申告義務がある場合は、ご自身で申告しなければなりません。税務署から通知が来るとは限りません。「連絡がないから大丈夫」という判断は大変危険です。申告期限(相続発生から10ヶ月)を過ぎると、無申告加算税や延滞税が課せられることになります。
- 預金が少なくても土地があると相続税がかかるのは本当ですか?
- 本当です。実際の相続税申告では、預金よりも土地の評価額が大きな割合を占めるケースが多くあります。「普通の古い家」だと思っていた土地が、路線価の上昇によって購入時の2倍の評価額になっていた——そういうケースは珍しくありません(第3章の実例も参照ください)。
- 相続税がかかりそうな場合はいつ税理士に相談すればよいですか?
- できるだけ早い段階がおすすめです。「まだ大丈夫」と思っていたご家族が相続発生から8ヶ月後にいらして、残り2ヶ月で特例の検討が十分にできなくなりかけたケースを、私は実際に経験しています(第3章のエピソード参照)。遺産分割や土地評価には時間がかかります。早ければ早いほど、選択肢が広がります。
結び 皆様に一番お伝えしたいこと
この記事を最後まで読んでいただいた今、冒頭の三つの問いへの答えが、少し見えてきたのではないでしょうか。
「本当に申告が必要なのか」は基礎控除の計算で確認できます。「税金はいくらかかるのか」は専門家が適正に評価し直すことで軽減されるケースがあります。そして「何から手を付ければいいのか」は、戸籍の収集から始め、10ヶ月という期限を逆算して動くことです。
ただ、この記事を通じて私が一番お伝えしたかったのは、もっとシンプルなことです。
「超えた」ことよりも、「一人で抱え込む」ことの方が、ずっと怖い。
費用を抑えるために、まずはご家族だけで対応を始められる方もいらっしゃいます。そのお気持ちは本当によく分かります。ただ、途中でどうにも前に進めなくなって、疲れ果ててご相談にいらっしゃるケースを、私はたくさん見てきました。
相続は、単なる税金の計算ではありません。「きょうだいで揉めたくない」「家族全員が納得して進めたい」——そうした感情面の不安こそ、一人で抱え込むと大きな摩擦を生んでしまいます。正確な数字と、それを丁寧に説明する時間。それがあるだけで、こじれそうだった話し合いが前に進むことを、私は現場で何度も見てきました。
当事務所では、資料が整い次第、皆さんが一番気になる「税金がいくらかかるか」をなるべく早くお伝えすることを心がけています。数字が見えれば、不安は行動に変わります。
大切な方を失った悲しみの中で、税金や家族への不安を一人で背負う必要はありません。まずは一度、肩の荷を下ろして、ゆっくりとお話を聞かせてください。

