【実例あり】子どもが先に亡くなったらどうする? 親の「相続放棄」で約2,000万円差が出たケース

「まさか、子どもが先に逝くなんて…」

そんな言葉を、私はこれまで何度か聞いてきました。相続の現場は、喜びよりも悲しみの場面の方がずっと多い。それが、この仕事の現実です。

大切なお子様を亡くされたご家族が、深い悲しみの中にいる。そこへ容赦なく「相続手続きをしてください」という現実が押し寄せてくる。

本当に、残酷だと思います。

特に最近は、独身のお子様が増えています。配偶者もお子様もいらっしゃらない場合、相続手続きは遺されたご両親が行うことになります。しかし、我が子を失った辛さのあまり、どうしても現実と向き合えないまま、あっという間に「3ヶ月」という期限が過ぎてしまう……そんなご家族の姿を、私は何度も見てきました。

だからこそ、少しでも気持ちが落ち着いたときに、これだけは知っておいてください。

悲しみの中にあっても、3ヶ月以内に「相続放棄」という選択をしたことで、家族全体の財産を約1,950万円守ることができた事例があります。

この記事でわかること

  • 相続放棄をすると、家族全体の相続税がどれだけ変わるのか(実例の数字つき)
  • 相続放棄ができなくなる「5つのNG行動」と、その回避法
  • 実際の手続きの流れと、必要書類

今日は、私が実際にお手伝いしたその事例を、数字とともにお話しします。

そもそも「相続放棄」とは?3つの選択肢から選ぶもの

相続が始まると、相続人は次の3つのうちどれかを選ぶことになります。

① 単純承認

被相続人(亡くなった方)の土地などの財産も、借金などの義務も、すべてそのまま受け継ぐ方法です。特に何も手続きをしなければ、原則これを選んだことになります。

② 相続放棄

財産も借金も、一切受け継がない方法です。今回の記事の主役がこれにあたります。

③ 限定承認

「借金がどれくらいあるか分からないけれど、財産も残るかもしれない」という場合に、受け継いだ財産の範囲内でだけ借金を引き継ぐ方法です。

②相続放棄と③限定承認を選ぶ場合は、家庭裁判所に「申述(しんじゅつ)」という申し立てをしなければなりません。何もしなければ①単純承認になってしまう、という点がとても重要です。

この記事では、②相続放棄にしぼって、実際の事例をもとに解説していきます。

まず最初に:これだけは絶対にやらないでください

「相続放棄をしよう」と頭で決めていても、ある行動を一つでもしてしまうと、法律上「相続を認めた(単純承認)」とみなされ、放棄ができなくなってしまいます。

期限の3ヶ月以内であっても、関係ありません。

特にご遺族が、悲しみの中で「必死に、良かれと思って」うっかりやってしまいがちな行動を、先にお伝えします。

やってはいけない5つの行動

① 預貯金の解約・払戻し
「とりあえず」と思ってお子様の口座からお金を引き出して、葬儀費用や片付けに充ててしまう行為。これが最も多いですが、NGになります。

② 借金の返済・貸したお金の回収
遺産からお子様の借金を返したり、逆に誰かに貸していたお金を回収する行為。

③ 不動産・車などの名義変更
「手続きが面倒だから先に変えておこう」という善意のつもりが、放棄できなくなる原因になります。

④ 準確定申告での還付金の受領
亡くなった方の確定申告(準確定申告)を行い、税金の還付を受け取る行為。「債権の取り立て」や「相続人であることの対外的な表示」とみなされ、放棄が認められなくなります。

⑤ 入院給付金・手術給付金の請求
死亡保険金は受取人固有の財産のため放棄しても受け取れますが、お子様が生前に受け取るはずだった入院・手術の給付金を請求して受け取ると、遺産の処分とみなされます。

ほんの少しの手続きの順番の違い、一瞬の行動によって、本来選べたはずの選択肢が、選べなくなってしまう。それが相続の現実です。

今回の事例でも、ご両親がこれらの「地雷」を踏まないよう、私が最初の段階で徹底的に交通整理をしました。だからこそ、放棄が無事に受理されたのです。

今回の事例:独身の長男が、両親より先に亡くなってしまった

ご相談に来られたのは、それなりに財産があり、生前対策も進めていらっしゃったご両親と、結婚して実家を離れていた二男様でした。

ご家族の長男様(独身)が、ご両親よりも先に亡くなられてしまったのです。

長男様には配偶者も子どももいません。この場合、法律上の相続人は「ご両親」になります。

しかしここに、見落としがちな大きな落とし穴がありました。ご両親にはもともと相応の財産があります。ここで「教科書通りに」長男様の財産をそのままご両親が受け取ってしまうと、ご両親の財産がさらに大きく膨んでしまう。いずれやってくるご両親の相続(2次相続)のとき、残された二男様にかかる税金がとんでもない金額になることが、この時点で見えていたのです。

そこで私は、長男様が亡くなられてから3ヶ月以内に、ご両親に「相続放棄」をしてもらい、二男様が直接財産をもらう形をアドバイスしました。

数字で見る:「受け取る」vs「放棄する」で約1,950万円の差

長男様の財産5,000万円、もともとの父親の財産1億5,000万円という前提で比較します。

パターンA
父母が相続
パターンB
両親が放棄→二男
一次相続の相続税 約80万円 約96万円
(2割加算)
父親の財産 約1億9,920万
(1.5億+4,920万)
1.5億のまま
二次相続の相続税 約4,828万円 約2,860万円
合計 約4,908万円 約2,956万円

差額

約1,950万円

一次相続で2割加算(+16万円)を払ってでも、父親の財産を膨らませない方が家族全体ではるかに得

パターンAでは、長男様から受け取った財産(税引き後の純額約4,920万円)が父親の1.5億円に上乗せされ、父親の財産が約1億9,920万円に膨らみます。一方パターンBでは、放棄によって父親の財産は1.5億円のまま動きません。

相続税は財産が大きいほど税率が上がる「累進課税」です。父親はすでに高い税率帯(40%)にいるため、上乗せされた約4,920万円はそのまま40%で課税され、二次相続だけで約2,000万円もの差が生まれます。

相続放棄で知っておきたい税務のポイント

基礎控除の人数は減らない

相続放棄をしても、相続税の計算上は「放棄がなかったもの」として法定相続人の人数を数えます。そのため、控除の枠が狭まって損をすることはありません。

なお、相続放棄には「生命保険・退職金の非課税枠が使えない」「相次相続控除が使えない」といった注意点もあります。これらは記事末尾のFAQで補足しています。

このように、相続放棄は単純に「借金を避けるための制度」ではなく、将来の二次相続まで見据えて判断する必要があります。本やインターネットの一般的な情報だけでは、どちらが本当に家族のためになるかを判断するのは簡単ではありません。「このご家族の、今の状況において、本当に必要な一手は何か」を見極めるには、数多くの現場を乗り越えてきた経験の積み重ねが何より大切になります。

実際の手続き:提出先と必要書類

相続放棄の手続きは、亡くなられた方の最後の住所地を管轄する家庭裁判所へ、期限内に以下の書類を提出します。

  • 相続放棄申述書
  • 被相続人の戸籍謄本(除籍・改製原戸籍など、出生から死亡まで)
  • 被相続人の住民票の除票(または戸籍の附票)
  • 申述人(ご両親)の戸籍謄本

申述書の書式は、裁判所の公式サイトから無料でダウンロードできます。

ただし、我が子を亡くされた直後の混乱の中で、これだけの書類を間違いなく集めて提出するのは、本当に過酷な作業です。しかも前述の「地雷」を先回りして防ぎながら進める必要があります。

その後:二男様からいただいた言葉

年月が経ち、お父様が亡くなられました。二男様が相続手続きを進める中で、こんな言葉をいただきました。

「あの時、兄が亡くなった直後の大変な時期に、先生が先のことまで見据えて『両親の相続放棄』をアドバイスしてくださったおかげで、今回の父の相続税が本当に少なく済みました。あの時の選択がなければ、今頃どうなっていたか分かりません。本当に感謝しています」

相続に「普通のケース」なんて、ほとんどありません。百人いれば、百通りの相続があります。

だからこそ、目先の数字だけでなく、10年・20年先を見据えたご提案ができたこと。それによってご家族の絆と財産を守る結果につながったこと。

この仕事をしていて、本当に良かったと思えた事例でした。

よくある質問(FAQ)

Q1. 相続放棄をしたら、子どもの生命保険(死亡保険金)は受け取れないのですか?
いいえ、受け取れます。死亡保険金は「受取人固有の財産」とみなされるため、相続放棄をしても問題なく受け取ることができます。「相続放棄=保険金も諦める」と思い込んでいる方が非常に多いのですが、ここは大きな誤解です。

ただし、本文でも触れた入院給付金・手術給付金は別扱いです。これらはお子様自身が受け取るはずだったお金なので、請求・受領すると相続放棄ができなくなります。
Q2. 相続放棄をすると、相続税の基礎控除は減ってしまいますか?
減りません。相続税の計算上、基礎控除の人数は「相続放棄がなかったもの」として数えます。そのため、ご両親が放棄しても控除の枠が狭まって損をすることはありません。
Q3. 相続放棄をすると、生命保険や退職金の非課税枠は使えますか?
使えません。相続放棄をした人は、生命保険金の非課税枠(500万円×法定相続人数)も、死亡退職金の非課税枠(500万円×法定相続人数)も利用できません。保険金そのものは受取人固有の財産として受け取れますが、税金の優遇は受けられない点に注意が必要です。
Q4. 短期間に相続が続いた場合の「相次相続控除」は使えますか?
相続放棄をした人は使えません。相次相続控除は対象が「相続人」に限られます。放棄をすると、たとえ遺贈で財産を受け取っていても、最初から相続人でなかったものとみなされ、この特例は使えません。
Q5. 3ヶ月の期限を過ぎてしまったら、もう相続放棄はできませんか?
原則としてできませんが、例外もあります。たとえば「借金の存在を後から知った」など、一定の事情がある場合は、期限を過ぎていても認められるケースがあります。ただし判断が難しいため、期限が近い・過ぎているという方は、自己判断せず早めに専門家へご相談ください。
Q6. 相続放棄をした後に、新たな財産が見つかったらどうなりますか?
一度受理された相続放棄は、原則として撤回できません。そのため、プラスの財産・マイナスの財産の全体像をできる限り把握してから判断することが大切です。後から大きな財産が見つかっても、放棄を取り消すことは基本的にできない点にご注意ください。
Q7. 相続放棄の申述には、いくら費用がかかりますか?
裁判所に支払う実費は少額で、収入印紙800円分(申述人1人につき)+連絡用の郵便切手だけです。郵便切手の金額は裁判所ごとに異なるので、申述先の家庭裁判所で事前に確認しておくと安心です。手続きそのものの費用は1,000円前後で収まることがほとんどですが、戸籍の取り寄せ費用や、専門家に依頼する場合の報酬は別途かかります。
Q8. 父に財産も多いが負債も相当あるようです。得た財産の範囲で返済に応じたい場合は?
その場合は「限定承認」という手続きがあります。これは、相続で得た財産の範囲内でだけ負債を引き継ぐ方法です。利用するには、自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内に、相続人全員で家庭裁判所へ限定承認の申述(申立て)をする必要があります。「全員でなければできない」「期限が3ヶ月」という点がネックになりやすいため、検討する場合は早めに専門家へご相談ください。

イレギュラーな相続手続きや相続税に不安を感じたら、まずはご相談ください

本やインターネットを開けば、一般的な相続税の計算や手続きの方法はたくさん出てきます。しかし、私が数多くの現場でご遺族に伴走してきてはっきりと言えるのは、「相続に普通のケースなんて、ほとんどない」ということです。

百人いれば、百通りの家族の形があり、百通りのイレギュラーが起こります。

特に今回ご紹介したような、特殊な状況での「相続放棄」は、使い方によっては家族全体の財産を約2,000万円も守る強力な選択肢になります。ただし、家庭裁判所への申し立ての期限はわずか3ヶ月しかありません。そして、悲しみの中で「うっかり下ろしてしまった預金」や「良かれと思って請求した還付金」といった、たった一つのミスで、その選択肢が選べなくなってしまうこともあります。

「うちの場合は、一体どうなるんだろう」

「これは手続きしても大丈夫なのだろうか」

そう少しでも感じたなら、まずそのお話を聞かせてください。あなたの家族の形と状況を聞いた上で、今何をすべきか、何をしてはいけないかを一緒に整理します。